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ルアンダ
Luanda
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ルアンダ
Luanda
アンゴラ共和国の首都。大西洋に臨む港湾都市。コーヒー・綿花・トウモロコシなどを輸出。
Luanda
アンゴラ共和国の首都。大西洋に臨む港湾都市。コーヒー・綿花・トウモロコシなどを輸出。
るい [1] 【累】🔗⭐🔉
るい [1] 【累】
好ましくないかかわり。悪い影響。迷惑。「友人にまで―を及ぼす」「一家眷属に―が及ぶ」
るい [1] 【塁】🔗⭐🔉
るい [1] 【塁】
(1)土や石などを積んで作った防御用の土手。また,それを巡らしたとりで。「―を抜く」「―を築く」
(2)野球で,走者が得点するために通過するべき地点。一塁・二塁・三塁と本塁の四つ。ベース。
――を摩(マ)・する🔗⭐🔉
――を摩(マ)・する
(1)敵陣に迫る。
(2)技量や地位がほとんど同じ程度に達する。「態度と云ひ,技巧と云ひ,堂々たる芸人の―・さんばかりで/羹(潤一郎)」
るい [1] 【誄】🔗⭐🔉
るい [1] 【誄】
「誄詞(ルイシ)」に同じ。
るい [1] 【類】🔗⭐🔉
るい [1] 【類】
(1)性質・性格などが似ていること。また,そのもの。また,類似したものをくくった集まり。「他に―をみない大規模な古墳」「雑誌の―」
(2)(ア)生物分類学上,綱・目などの代わりに用いる慣用語。哺乳類(綱),双翅類(目)など。(イ)〔論〕「類概念」に同じ。
(3)一族。一門。親戚縁者。「此の乳母の―也ける僧/今昔 16」
――がな・い🔗⭐🔉
――がな・い
似かよったものがない。先例がない。比べるものがない。比類がない。「他に―・い凶悪な事件」
――は友を呼ぶ🔗⭐🔉
――は友を呼ぶ
似かよった傾向をもつ者は自然と集まるものである。
――を以(モツ)て集まる🔗⭐🔉
――を以(モツ)て集まる
〔易経(繋辞上)〕
似た者どうしが自然に集まる。
ルイ
Louis
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ルイ
Louis
(1)(九世)(1214-1270) フランス国王(在位1226-1270)。イギリスとの紛争を解決,パリ高等法院を設置し裁判制度を改革,王領拡大と集権化を推進。信仰あつく十字軍に二度参加,列聖され聖ルイと称される。
(2)(一一世)(1423-1483) フランス国王(在位 1461-1483)。シャルル七世の子。諸侯を抑え王領を拡大,郵便制度・民兵制度を整備,中央集権を確立し絶対王政の基礎を築いた。
(3)(一三世)(1601-1643) フランス国王(在位 1610-1643)。アンリ四世の子。リシュリューを宰相に起用し貴族層・新教徒を抑圧,国際覇権の掌握を図り,ブルボン家による絶対王政を強化した。
(4)(一四世)(1638-1715) フランス国王(在位 1643-1715)。{(3)}の子。マザランの没後に親政を始め,王権神授説をとり絶対主義を確立,「朕は国家なり」と称したという。中央統治機構を整備,コルベールを登用し重商主義政策を遂行,ヨーロッパ最大の常備軍を編制して相次ぐ侵略戦争により領土を拡大。ベルサイユ宮殿を造営して豪華な宮廷生活を営み,バロック美術と古典主義文学の隆盛に寄与したが,晩年に戦費・宮廷費の増大やナントの勅令廃止により財政窮乏・農民反乱を招いた。
(5)(一五世)(1710-1774) フランス国王(在位 1715-1774)。{(4)}の曾孫。オーストリア継承戦争・七年戦争に参戦,多額の戦費や植民地喪失により財政難を深刻化。特権身分への課税を企て高等法院と対立,王権を弱体化させた。
(6)(一六世)(1754-1793) フランス国王(在位 1774-1792)。{(5)}の孫。チュルゴー・ネッケルらを任用して財政再建を図ったが,貴族の抵抗により三部会召集を強いられ,フランス革命を誘発。妻マリー=アントワネットとともに国外逃亡事件を起こし王権の失墜と共和運動の高揚を招き,王権停止後,反逆のかどで断頭台の露と消えた。
Louis
(1)(九世)(1214-1270) フランス国王(在位1226-1270)。イギリスとの紛争を解決,パリ高等法院を設置し裁判制度を改革,王領拡大と集権化を推進。信仰あつく十字軍に二度参加,列聖され聖ルイと称される。
(2)(一一世)(1423-1483) フランス国王(在位 1461-1483)。シャルル七世の子。諸侯を抑え王領を拡大,郵便制度・民兵制度を整備,中央集権を確立し絶対王政の基礎を築いた。
(3)(一三世)(1601-1643) フランス国王(在位 1610-1643)。アンリ四世の子。リシュリューを宰相に起用し貴族層・新教徒を抑圧,国際覇権の掌握を図り,ブルボン家による絶対王政を強化した。
(4)(一四世)(1638-1715) フランス国王(在位 1643-1715)。{(3)}の子。マザランの没後に親政を始め,王権神授説をとり絶対主義を確立,「朕は国家なり」と称したという。中央統治機構を整備,コルベールを登用し重商主義政策を遂行,ヨーロッパ最大の常備軍を編制して相次ぐ侵略戦争により領土を拡大。ベルサイユ宮殿を造営して豪華な宮廷生活を営み,バロック美術と古典主義文学の隆盛に寄与したが,晩年に戦費・宮廷費の増大やナントの勅令廃止により財政窮乏・農民反乱を招いた。
(5)(一五世)(1710-1774) フランス国王(在位 1715-1774)。{(4)}の曾孫。オーストリア継承戦争・七年戦争に参戦,多額の戦費や植民地喪失により財政難を深刻化。特権身分への課税を企て高等法院と対立,王権を弱体化させた。
(6)(一六世)(1754-1793) フランス国王(在位 1774-1792)。{(5)}の孫。チュルゴー・ネッケルらを任用して財政再建を図ったが,貴族の抵抗により三部会召集を強いられ,フランス革命を誘発。妻マリー=アントワネットとともに国外逃亡事件を起こし王権の失墜と共和運動の高揚を招き,王権停止後,反逆のかどで断頭台の露と消えた。
大辞林 ページ 156842。