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にったい‐じ【日泰寺】🔗⭐🔉
にったい‐じ【日泰寺】
名古屋市千種(ちくさ)区にある単立の寺。山号は覚王山。明治三三年(一九〇〇)シャム王室から仏舎利と金銅釈尊像を寄贈され、同三七年に各宗派が合同して建立。旧称、日暹寺(につせんじ)。
にった‐じんじゃ【新田神社】🔗⭐🔉
にった‐じんじゃ【新田神社】
鹿児島県川内(せんだい)市にある神社。瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を主神とし、天照大神(あまてらすおおみかみ)・天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)を配祀(はいし)。川内八幡。
にった‐ただつね【仁田忠常】🔗⭐🔉
にった‐ただつね【仁田忠常】
[?〜一二〇三]鎌倉初期の武将。伊豆の人。通称、仁田四郎(にたんのしろう)。源頼朝に仕え、範頼に従って平氏を追討。また、富士の巻き狩りで曾我十郎祐成を討った。のち、将軍頼家と北条時政の争いに巻き込まれて殺された。
にった‐よしあき【新田義顕】🔗⭐🔉
にった‐よしあき【新田義顕】
[?〜一三三七]鎌倉末期・南北朝時代の武将。義貞の長男。建武政権崩壊後、義貞と越前金崎(かねがさき)城を守ったが、足利方に攻められて落城、尊良(たかなが)親王とともに自害した。
にった‐よしおき【新田義興】🔗⭐🔉
にった‐よしおき【新田義興】
[一三三一〜一三五八]南北朝時代の武将。義貞の二男。関東でしばしば北朝方と戦ったが、足利尊氏(あしかがたかうじ)らに敗れて越後に逃れた。のち、足利方の策により、武蔵国多摩川の矢口の渡で謀殺された。
にった‐よしさだ【新田義貞】🔗⭐🔉
にった‐よしさだ【新田義貞】
[一三〇一〜一三三八]鎌倉末期・南北朝時代の武将。上野の人。元弘三=正慶二年(一三三三)鎌倉幕府を滅ぼし、建武政権から重用されたが、のち、足利尊氏と対立。兵庫で楠木正成(くすのきまさしげ)とともに九州から東上する尊氏と戦ったが敗れ、恒良・尊良両親王を奉じて越前金崎城によったが落城。のち、藤島で戦死。
大辞泉 ページ 11469。