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さのさ‐ぶし【さのさ節】🔗🔉

さのさ‐ぶし【さのさ節】 俗謡。法界節の変化したもので、明治三〇年(一八九七)ころから流行。一節の最後に「さのさ」という囃子詞(はやしことば)がつく。

さの‐じろうざえもん【佐野次郎左衛門】‐ジラウザヱモン🔗🔉

さの‐じろうざえもん【佐野次郎左衛門】‐ジラウザヱモン 江戸中期の下野(しもつけ)佐野の農民。享保(一七一六〜一七三六)のころ、江戸吉原の遊女八橋(やつはし)を恨み、八橋ほか多くの人を斬った。この事件は吉原百人斬りといわれ、歌舞伎化された。特に「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)」が有名。

さの‐ちぢみ【佐野縮】🔗🔉

さの‐ちぢみ【佐野縮】 栃木県佐野市付近から産出する木綿縮の織物。

さ‐のつどり【さ野つ鳥】🔗🔉

さ‐のつどり【さ野つ鳥】 [名]野の鳥。特に、キジをいう。「―来鳴き翔(かけ)らふ」〈万・三七九一〉〔枕〕「雉(きぎし)」にかかる。「―雉は響(とよ)む」〈記・上・歌謡〉

さの‐つねたみ【佐野常民】🔗🔉

さの‐つねたみ【佐野常民】一八二二〜一九〇二]政治家・社会事業家。佐賀の生まれ。西南戦争に際し、博愛社を創立、のち日本赤十字社と改称し初代社長となる。元老院議長・枢密顧問官などを歴任。

さの‐としかた【佐野利器】🔗🔉

さの‐としかた【佐野利器】一八八〇〜一九五六]建築学者。山形の生まれ。耐震構造理論を体系化し、建築構造学の基礎を築いた。日本最初の鉄骨構造建築の日本橋丸善書店を設計。

さののおとがみ‐の‐おとめ【狭野弟上娘子】‐をとめ🔗🔉

さののおとがみ‐の‐おとめ【狭野弟上娘子】‐をとめ 奈良中期の女流歌人。狭野茅上(さののちがみの)娘子とする写本もある。中臣宅守(なかとみのやかもり)との別離の悲しみを詠んだ相聞歌(そうもんか)が万葉集に収められている。生没年未詳。

さの‐の‐ふなはし【佐野の船橋】🔗🔉

さの‐の‐ふなはし【佐野の船橋】 群馬県高崎市佐野にあったといわれる船橋。《歌枕》「上野(かみつけの)―取り放し親は放(さ)くれど我は離(さか)るがへ」〈万・三四二〇〉

さの‐の‐わたり【佐野の渡り】🔗🔉

さの‐の‐わたり【佐野の渡り】 和歌山県新宮市にあった佐野の渡し場。《歌枕》「苦しくも降り来る雨か三輪(みわ)の崎―に家もあらなくに」〈万・二六五〉

さ‐のぼり【早上り】🔗🔉

さ‐のぼり【早上り】 田植えの終わりに田の神を送る祭り。さなぶり。代満(しろみ)て。→早降(さお)

大辞泉 ページ 6189