複数辞典一括検索+

広辞苑の検索結果 (6)

ほうえい【宝永】🔗🔉

ほうえい宝永】 [旧唐書音楽志]江戸中期、東山・中御門天皇朝の年号。元禄17年3月13日(1704年4月16日)改元、宝永8年4月25日(1711年6月11日)正徳に改元。 ⇒ほうえい‐ぎん【宝永銀】 ⇒ほうえい‐こばん【宝永小判】 ⇒ほうえい‐ざん【宝永山】 ⇒ほうえい‐じしん【宝永地震】 ⇒ほうえい‐つうほう【宝永通宝】

ほうえい‐ぎん【宝永銀】🔗🔉

ほうえい‐ぎん宝永銀】 宝永年間鋳造の銀貨の総称。宝字銀のほか永字銀・三宝銀・四宝銀を含む。 ⇒ほうえい【宝永】

ほうえい‐こばん【宝永小判】🔗🔉

ほうえい‐こばん宝永小判】 宝永年間鋳造の小判。→乾字金けんじきん⇒ほうえい【宝永】

ほうえい‐ざん【宝永山】🔗🔉

ほうえい‐ざん宝永山】 富士山南東側の中腹にある寄生火山。宝永4年(1707)爆裂のため一山峰を形成したもの。標高2693メートル。 ⇒ほうえい【宝永】

ほうえい‐じしん【宝永地震】‥ヂ‥🔗🔉

ほうえい‐じしん宝永地震‥ヂ‥ 宝永4年10月4日、東海地方から四国・九州にかけての地震。震源は東海沖・南海沖の二つと考えられる。マグニチュード8.4。東海道・紀伊半島を中心に倒壊6万戸、流失2万戸、死者約2万人。 ⇒ほうえい【宝永】

ほうえい‐つうほう【宝永通宝】🔗🔉

ほうえい‐つうほう宝永通宝】 江戸幕府が宝永5年に鋳造発行した10文の銅銭。量目が1文銭の3倍しかなかったため嫌われて、翌年正月通用停止。十文銭。当十銭。大銭。 ⇒ほうえい【宝永】

大辞林の検索結果 (6)

ほうえい【宝永】🔗🔉

ほうえい 【宝永】 年号(1704.3.13-1711.4.25)。元禄の後,正徳の前。東山・中御門(ナカミカド)天皇の代。

ほうえい-ぎん【宝永銀】🔗🔉

ほうえい-ぎん [3] 【宝永銀】 宝永年間に江戸幕府が鋳造した銀貨(丁銀・豆板銀)の総称。宝字銀のほか永字銀・三宝銀・四宝銀がある。

ほうえい-こばん【宝永小判】🔗🔉

ほうえい-こばん [5] 【宝永小判】 宝永年間に鋳造された小判。「乾」字の極印のあるところから乾字金と呼ばれた。

ほうえい-ざん【宝永山】🔗🔉

ほうえい-ざん 【宝永山】 富士山の南東斜面中腹にある比高100メートルほどの高まり。海抜2693メートル。1707年(宝永4)の噴火の際に出現。

ほうえい-じしん【宝永地震】🔗🔉

ほうえい-じしん ―ヂ― 【宝永地震】 1707年(宝永4)に起きた地震。マグニチュード八・四と推定され,日本歴史上最大級の地震。烈震以上の地域が東海道から四国西端にまで及び,大津波が房総半島から九州に至る太平洋沿岸を襲った。死者約二万人,家屋の倒壊約六万,流失約二万といわれる。

ほうえい-つうほう【宝永通宝】🔗🔉

ほうえい-つうほう 【宝永通宝】 江戸幕府が1708年に鋳造発行した一〇文銅銭。翌年1月通用停止。

広辞苑+大辞林宝永で始まるの検索結果。