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或る女 →或る女🔗⭐🔉
或る女 →或る女
新橋を渡る時、発車を知らせる二番目の鈴(ベル)が、霧とまではいへない九月の朝の、煙つた空気に包まれて聞こえて来た。葉子は平気でそれを聞いたが、車夫は宙を飛んだ。而して車が、鶴屋といふ町の角の宿屋を曲つて、いつでも人馬の群がるあの共同井戸のあたりを駈けぬける時、停車場の入口の大戸を閉めようとする駅夫と争ひながら、八分(はちぶ)がた閉(しま)りかゝつた戸の所に突つ立つてこつちを見戍(みまも)つてゐる青年の姿を見た。
「まあおそくなつて済みませんでした事……まだ間に合ひますか知ら」
と葉子が云ひながら階段を昇ると、青年は粗末な麦稈(むぎわら)帽子を一寸脱いで、黙つたまゝ青い切符を渡した。
「おや何故(なぜ)一等になさらなかつたの。さうしないといけない訳があるから代(か)へて下さいましな」
と云はうとしたけれども、火がつくばかりに駅夫がせき立てるので、葉子は黙つたまゝ青年とならんで小刻みな足どりで、たつた一つだけ開(あ)いてゐる改札口へと急いだ。改札はこの二人の乗客を苦々(にがにが)しげに見やりながら、左手を延(のば)して待つてゐた。
広辞苑 ページ 23984 での【或る女 →或る女】単語。