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蒲団 →蒲団🔗⭐🔉
蒲団 →蒲団
小石川の切支丹坂から極楽水(ごくらくすい)に出る道のだらだら坂を下(お)りようとしてかれは考えた。「これで自分と彼女との関係は一段落を告げた。三十六にもなって、子供も三人あって、あんなことを考えたかと思うと、ばかばかしくなる。けれど……けれど……本当にこれが事実だろうか。あれだけの愛情を自身に注いだのは単に愛情としてのみで、恋ではなかったろうか。」
数多い感情ずくめの手紙――二人の関係はどうしても尋常(よのつね)ではなかった。妻があり、子があり、世間があり、師弟の関係があればこそあえてはげしい恋に落ちなかったが、語り合う胸のとどろき、相見る目の光、その底には確かにすさまじい暴風(あらし)が潜んでいたのである。機会に遭遇(でつくわ)しさえすれば、その底の底の暴風はたちまち勢いを得て、妻子(つまこ)も世間も道徳も師弟の関係も一挙にして破れてしまうであろうと思われた。少なくとも男はそう信じていた。それであるのに、二三日来のこの出来事、これから考えると、女は確かにその感情を偽り売ったのだ。自分を欺いたのだと男は幾度(たび)も思った。けれど文学者だけに、この男は自ら自分の心理を客観するだけの余裕をもっていた。年若い女の心理は容易に判断し得られるものではない、かの温(あたた)かいうれしい愛情は、単に女性特有の自然の発展で、美しく見えた目の表情も、やさしく感じられた態度もすべて無意識で、無意味で、自然の花が見る人に一種の慰藉(なぐさみ)を与えたようなものかもしれない。
広辞苑 ページ 24108 での【蒲団 →蒲団】単語。