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集議和書     →集議和書🔗🔉

集議和書     →集議和書 (一)(巻八)132問。先生の論は陽明子の伝に似たり。朱子・王子、格致にをいては黒白のたがひあることはいかゞ。  答。愚は朱子にもとらず、陽明にもとらず、たゞ古の聖人に取て用ひ侍るなり。道統の伝のより来ること、朱・王共に同じ。其言は時によつて発する成べし。其真にをいては符節を合せたるがごとし。又朱・王とても各別にあらず。朱子は時の弊をたむべきがために、理を窮め惑を弁るの上に重し。自反慎独の功なきにあらず。王子も時の弊によつて自反慎独の功に重し。窮理の学なきにあらず。愚拙、自反慎独の功の、内に向て受用と成事は、陽明の良智の発起に取、惑を弁るの事は、朱子窮理の学により侍り。(下略) (二)(集議和書補)22  来書略。仕置・法度は、人情をよく知て、時・処・位に応ずるものと承れり。尤の義に候。昔たま道を以政をせんとおぼしめしたる君もおはしまししかど、時の学者唐流を以て日本に行はんとせしかば、とゞこほりつかゆる処多てやみ給ひぬと申候。おしきことにて候。  返書略。道と法とは別なるものにて候を、心得違て、法を道と覚えたるあやまり多候。法は中国の聖人といへども代々に替り候。況や日本へ移しては行ひがたき事多候。道は三綱五常是なり。天地人に配し、五行に配す。いまだ道徳の名なく聖人の教なかりし時も、此道は既に行はれたり。いまだ人なかりし時も天地に行はれ、いまだ天地なかりし時も太虚に行はる。人絶(たえ)天地無に帰すといへども亡ることなし。況や後世をや。法は聖人時・処・位に応じて、事の宜きを制作したまへり。故に其代にありては道に配す、時去り、人位かはりぬれば、聖法といへども用ひがたきものあり。合はざるを行ふ時は却て道に害あり、今の学者の道とし行ふは、多くは法なり。時・処・位の至善に叶はざれば道にはあらず。(下略)                             〈日本思想大系30〉

広辞苑 ページ 24184 での集議和書     →集議和書単語。