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町人考見録 →町人考見録🔗⭐🔉
町人考見録 →町人考見録
(序) それ天下の四民、士農工商とわかれ、各其職分をつとめ、子孫業を継で其家をとゝのふ。就中(なかんずく)町人は商売それ
にわかるといへども、先は金銀の利足にかゝるより外なし。然るに田舎の町人はそれ
の国主・地頭に憚り、其上目にさのみ美麗を見ざる故に、心におのづからうつる事なし。爰を以ておほく代を累て業をつとむ。京・江戸・大坂の町人は、其元祖、或は田舎又は人手代より次第に経上り、商売をひろげ、富を子孫に伝へんと、其身一代身をつめ、家職の外に心をおかず、かんなんしんくを積で、其子家を継、其ものは親のつましきことを見覚へ、又は其家のさまで富ざるうちに生立習ふ故に、漸其一代は守り勤といへども、又其孫の代に至りては、はや家の富貴より育立(そだち)、物ごとのかんなん、金銀を大切と云事をしらず。故に自然と世風を見習ひ、心たかぶり、家職を人まかせに仕置(しおき)て、うか
と月日を暮し、身躰(しんだい)に物入多く成行まゝに、其身も漸年老い、物心附といへども、家業のみちをしらず、物入の多くなるにまかせ、手廻しに人の金銀を請込み、次第に利まどひに成り、果は家をつぶす者、世のならはしと成。凡京師の名ある町人、二代三代にて家をつぶし、あとかたなく成行事、眼前に知る所也。(中略)諸家の衰敗、みな
同じく職をわするゝを以て、先祖の大業を空しくす。まして町人などをや。百姓・職人等は数代家を伝ふる事、一日も怠るときは、忽ち食をうしなふ故に、尤よくつとむ。只商家(ばいけ)耳(のみ)後は手代まかせ、其身は代の続くにしたがひ、家業をわするゝを以て、終に家をうしなふ。前車の覆るを見て、後車のいましめのため、見および聞伝ふる京都の町人、盛衰をあらまし爰にしるす耳。
〈日本思想大系59〉








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