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たい‐とく【体得】🔗⭐🔉
たい‐とく【体得】
十分会得えとくして自分のものとすること。「―した技術」
たい‐どく【体読】🔗⭐🔉
たい‐どく【体読】
文章の文字に現れた事柄以上に、よくその真意を体して読むこと。↔色読しきどく
たい‐どく【胎毒】🔗⭐🔉
たい‐どく【胎毒】
母胎内で受けた毒。小児の頭部・顔部などに起こる種々の皮膚病はこの毒によるとされたが、少数の先天性梅毒を除いては、体質または細菌によるものが多い。〈書言字考節用集〉
⇒たいどく‐くだし【胎毒下し】
だい‐とく【大徳】🔗⭐🔉
だい‐とく【大徳】
①〔仏〕
㋐仏のこと。
㋑徳高く行いの清い僧。転じて、単に僧侶。だいとこ。宇津保物語藤原君「惣持院の十禅寺なる―のいふやう」
②金持ち。有徳うとく。富有。
→たいとく。
⇒だいとく‐じん【大徳人】
だい‐どく【大毒】🔗⭐🔉
だい‐どく【大毒】
非常に毒なこと。ひどい毒物。転じて、大きな害をなす物事。
だい‐どく【代読】🔗⭐🔉
だい‐どく【代読】
本人に代わって読むこと。「市長の祝辞を―する」
たいとく‐いん【台徳院】‥ヰン🔗⭐🔉
たいとく‐いん【台徳院】‥ヰン
徳川秀忠の諡号しごう。
たいどく‐くだし【胎毒下し】🔗⭐🔉
たいどく‐くだし【胎毒下し】
俗間で、小児のいわゆる胎毒を下すのに用いる飲薬。
⇒たい‐どく【胎毒】
だいとく‐じ【大徳寺】🔗⭐🔉
だいとく‐じ【大徳寺】
京都市北区紫野にある臨済宗大徳寺派の大本山。山号は竜宝山。1315年(正和4)から19年(元応1)ころ成立の宗峰しゅうほう妙超の大徳庵に始まる。開基は赤松則村。花園上皇・後醍醐天皇の祈願所。15世紀に一休らによって再興。堂塔壮大で、千利休・小堀遠州らが山内に庵を結び、貴重な美術品を多く所蔵。塔頭たっちゅうの真珠庵・孤篷庵・大仙院などにもすぐれた建築・庭園・障壁画を遺す。
⇒だいとくじ‐は【大徳寺派】
広辞苑 ページ 11889。