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そが-しょうはく ―セウハク 【曾我蕭白】🔗🔉

そが-しょうはく ―セウハク 【曾我蕭白】 (1730-1781) 江戸中期の画家。自ら蛇足(ジヤソク)軒・蛇足十世等と称す。自由奔放な画風で「寒山図」など人物水墨画を多く描いた。

そが-すけなり 【曾我祐成】🔗🔉

そが-すけなり 【曾我祐成】 (1172-1193) 曾我兄弟の兄。

そが-ちょくあん 【曾我直庵】🔗🔉

そが-ちょくあん 【曾我直庵】 安土桃山期の画家。蛇足(ジヤソク)六世を称して活躍し曾我派を一大流派とした。屏風(ビヨウブ)絵が残る。生没年未詳。

そが-ときむね 【曾我時致】🔗🔉

そが-ときむね 【曾我時致】 (1174-1193) 曾我兄弟の弟。

そが 【蘇我】🔗🔉

そが 【蘇我】 古代の中央豪族の一。姓(カバネ)は臣(オミ)。その称は大和国高市郡蘇我の地にちなむという。排仏派の物部氏と対立,587年物部守屋を滅ぼして政治の実権を握る。645年大化改新の際,蝦夷(エミシ)・入鹿父子は中大兄皇子(ナカノオオエノオウジ)らに滅ぼされたが,傍系は石川朝臣としてとどまった。

そが-の-いしかわのまろ ―イシカハノマロ 【蘇我石川麻呂】🔗🔉

そが-の-いしかわのまろ ―イシカハノマロ 【蘇我石川麻呂】 (?-649) 蘇我馬子の孫。宗家の蝦夷(エミシ)・入鹿父子と対立,大化改新に参画し,右大臣に任ぜられた。のち弟日向の讒言(ザンゲン)によって,自害した。蘇我倉山田石川麻呂。

そが-の-いなめ 【蘇我稲目】🔗🔉

そが-の-いなめ 【蘇我稲目】 (?-570) 宣化・欽明両朝の大臣。蘇我馬子の父。物部尾輿・中臣勝海ら排仏派と対抗し,崇仏を説いて自邸に仏像を安置,向原(ムクハラ)寺と号した。また,皇室と姻戚関係を結び,蘇我氏繁栄の礎を築いた。

そが-の-いるか 【蘇我入鹿】🔗🔉

そが-の-いるか 【蘇我入鹿】 (?-645) 蘇我蝦夷(エミシ)の子。鞍作とも。天皇家と威勢を競い,聖徳太子の子山背大兄王を殺害。大化改新で中大兄皇子・中臣鎌足に殺された。

大辞林 ページ 148188