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おお‐なんど【大納戸】おほ‐🔗⭐🔉
おお‐なんど【大納戸】おほ‐
納戸役の一。江戸時代、将軍・大名の納戸を管理して衣服・器物の出納をした役。御納戸。→小納戸
おお‐なんぼく【大南北】おほ‐🔗⭐🔉
おお‐なんぼく【大南北】おほ‐
四世鶴屋南北の敬称。
おお‐にえ【大×嘗】おほにへ🔗⭐🔉
おお‐にえ【大×嘗】おほにへ
「大嘗(おおにえ)の祭」の略。
おお‐にえ【大×贄】おほにへ🔗⭐🔉
おお‐にえ【大×贄】おほにへ
《りっぱな贄の意》朝廷や神に献上するその土地の産物。「鮮魚(あざらけきいを)の―をもちて菟道宮(うぢのみや)に献(たてまつ)る」〈前田本仁徳紀〉
おおにえ‐の‐まつり【大×嘗の祭】おほにへ‐🔗⭐🔉
おおにえ‐の‐まつり【大×嘗の祭】おほにへ‐
大嘗祭(だいじようさい)
大嘗祭(だいじようさい)
おおにし【大西】おほにし🔗⭐🔉
おおにし【大西】おほにし
姓氏の一。
おおにし‐はじめ【大西祝】おほにし‐🔗⭐🔉
おおにし‐はじめ【大西祝】おほにし‐
[一八六四〜一九〇〇]哲学者。岡山の生まれ。号は操山。東京専門学校で哲学・倫理学などを講じるかたわら「六合雑誌」を編集。ドイツに留学。カントの批判主義的態度に立ち、理想主義の普及に貢献し、明治中期の啓蒙家の役割を果たした。
おおにし‐りょうけい【大西良慶】おほにしリヤウケイ🔗⭐🔉
おおにし‐りょうけい【大西良慶】おほにしリヤウケイ
[一八七五〜一九八三]宗教家。奈良の生まれ。興福寺住職を経て法相宗管長、のち、清水寺貫主を兼務。日本宗教者平和会議の会長を務めるなど、平和運動にも貢献。著「菜根譚百則」など。
おお‐にゅうどう【大入道】おほニフダウ🔗⭐🔉
おお‐にゅうどう【大入道】おほニフダウ
からだの大きな坊主頭の男。また、その姿の化け物。
おお‐にわ【大庭】おほには🔗⭐🔉
おお‐にわ【大庭】おほには
宮中の紫宸殿(ししんでん)の前面の庭。おおば。
寝殿造りで、寝殿の前の広い庭。
広い場所で上演される晴れの能。
宮中の紫宸殿(ししんでん)の前面の庭。おおば。
寝殿造りで、寝殿の前の広い庭。
広い場所で上演される晴れの能。
おお‐にんずう【大人数】おほ‐🔗⭐🔉
おお‐にんずう【大人数】おほ‐
人数の多いこと。また、多くの人。多人数。おおにんず。
おお‐ぬき【大△貫】おほ‐🔗⭐🔉
おお‐ぬき【大△貫】おほ‐
幅一二センチ、厚さ三センチ前後、長さ三六〇センチの杉・檜(ひのき)・松の板材。
おお‐ぬさ【大△幣】おほ‐🔗⭐🔉
おお‐ぬさ【大△幣】おほ‐
大祓(おおはらえ)のときに用いる大串につけた、ぬさ。祓(はらえ)のあと、人々がこれを引き寄せて身のけがれをそれに移して、川に流したという。「―の引く手あまたになりぬれば思へどえこそ頼まざりけれ」〈古今・恋四〉
《
に引用の歌から》引っ張りだこ。また、気の多いこと。「―になりぬる人のかなしきは寄る瀬ともなくしかぞ泣くなる」〈大和・一六〇〉
大祓(おおはらえ)のときに用いる大串につけた、ぬさ。祓(はらえ)のあと、人々がこれを引き寄せて身のけがれをそれに移して、川に流したという。「―の引く手あまたになりぬれば思へどえこそ頼まざりけれ」〈古今・恋四〉
《
に引用の歌から》引っ張りだこ。また、気の多いこと。「―になりぬる人のかなしきは寄る瀬ともなくしかぞ泣くなる」〈大和・一六〇〉
大辞泉 ページ 1997。