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おがさわら‐しょとう【小笠原諸島】をがさはらシヨタウ🔗🔉

おがさわら‐しょとう【小笠原諸島】をがさはらシヨタウ 東京都のほぼ南南東の太平洋上にある諸島。聟島(むこじま)・父島・母島・硫黄島の各列島などからなる。文禄二年(一五九三)小笠原貞頼の発見といわれ、明治九年(一八七六)明確に日本領となり、同一三年東京府に所属。第二次大戦後は米国の施政権下に置かれたが、昭和四三年(一九六八)返還。動植物は固有種がきわめて多い。

おがさわら‐そうどう【小笠原騒動】をがさはらサウドウ🔗🔉

おがさわら‐そうどう【小笠原騒動】をがさはらサウドウ 豊前(ぶぜん)小倉藩小笠原家の御家騒動。藩主忠固(ただかた)の家格引き上げ運動を推進した家老小笠原出雲(いずも)と反対派とが争い、文化一二年(一八一五)藩主・家老が処分された。

おがさわら‐ながきよ【小笠原長清】をがさはら‐🔗🔉

おがさわら‐ながきよ【小笠原長清】をがさはら‐一一六二〜一二四二]鎌倉前期の武将。阿波の守護。小笠原氏の祖。源頼朝の挙兵に加わり、源義仲を討伐。奥州藤原氏の征討、承久の乱に功績があった。

おがさわら‐ながとき【小笠原長時】をがさはら‐🔗🔉

おがさわら‐ながとき【小笠原長時】をがさはら‐一五一四〜一五八三]戦国時代の武将。信濃の守護。天文一七年(一五四八)塩尻峠の戦いで武田信玄に大敗し、のち流浪して没落。

おがさわら‐ながひで【小笠原長秀】をがさはら‐🔗🔉

おがさわら‐ながひで【小笠原長秀】をがさはら‐?〜一四二四]室町中期の武将。信濃の守護。礼式や騎射の法に通じ、足利義満の弓馬術の師範となった。義満の命により武家の礼法を定めたと伝えられる。

おがさわら‐やもり【小×笠原守宮】をがさはら‐🔗🔉

おがさわら‐やもり【小×笠原守宮】をがさはら‐ ヤモリ科の爬虫(はちゆう)類。全長八センチくらいで、尾は扁平。雌だけで単為生殖するため、繁殖力が強い。熱帯アジアから太平洋の諸島、小笠原諸島に分布。

おがさわら‐りゅう【小×笠原流】をがさはらリウ🔗🔉

おがさわら‐りゅう【小×笠原流】をがさはらリウ 武家礼式の一派。室町時代、足利義満の臣小笠原長秀が制定。以後、武家の正式の礼法とされた。明治以後、学校教育にも取り入れられ、特に女子の礼式として広く用いられた。俗に、堅苦しい礼儀作法のこと。弓術・馬術の一派。源頼朝の臣である小笠原長清を祖とする。兵法の一派。小笠原宮内大輔氏隆が創始。

大辞泉 ページ 2043