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青年 →青年🔗⭐🔉
青年 →青年
小泉純一は芝日蔭町(ひかげちよう)の宿屋を出て、東京方眼図を片手に人にうるさく問うて、新橋停留場(ていりゆうば)から上野行の電車に乗つた。目まぐろしい須田町(ちよう)の乗換も無事に済んだ。扨(さて)本郷三丁目で電車を降りて、追分から高等学校に附いて右に曲がつて、根津権現の表(おもて)坂上にある袖浦(そでうら)館といふ下宿屋の前に到着したのは、十月二十何日かの午前八時であつた。
此処(ここ)は道が丁字路になつてゐる。権現前から登つて来る道が、自分の辿つて来た道を鉛直に切る処に袖浦館はある。木材にペンキを塗つた、マツチの箱のやうな擬(まがい)西洋造である。入口の鴨居の上に、木札が沢山並べて嵌めてある。それに下宿人の姓名が書いてある。
純一は立ち留まつて名前を読んで見た。自分の捜す大石狷太郎(けんたろう)といふ名は上から二三人目に書いてあるので、すぐに見附かつた。赤い襷を十文字に掛けて、上り口の板縁に雑巾(ぞうきん)を掛けてゐる十五六の女中が雑巾の手を留めて、「どなたの所(とこ)へ入らつしやるの」と問うた。
「大石さんにお目に掛りたいのだが。」
田舎から出て来た純一は、小説で読み覚えた東京詞を使ふのである。丁度不慣な外国語を使ふやうに、一語一語考へて見て口に出すのである。そして此返事の無難に出来たのが、心中で嬉しかつた。
広辞苑 ページ 24077 での【青年 →青年】単語。