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うえすぎ‐ぜんしゅう【上杉禅秀】ウヘ‥シウ🔗⭐🔉
うえすぎ‐ぜんしゅう【上杉禅秀】ウヘ‥シウ
室町前期の武将。名は氏憲。犬懸上杉家に生まれ、関東管領となったが、1416年(応永23)鎌倉公方足利持氏に叛逆(禅秀の乱)して敗北、自殺。(    〜1417)
⇒うえすぎ【上杉】
うえすぎ‐のりあき【上杉憲顕】ウヘ‥🔗⭐🔉
うえすぎ‐のりあき【上杉憲顕】ウヘ‥
南北朝時代の武将。関東管領、伊豆・上野・越後守護。山内上杉氏の祖。建武以後主として関東にあり重きをなした。(1306〜1368)
⇒うえすぎ【上杉】
うえすぎ‐のりざね【上杉憲実】ウヘ‥🔗⭐🔉
うえすぎ‐のりざね【上杉憲実】ウヘ‥
室町中期の武将。関東管領。足利学校・金沢文庫を再興。将軍義教と鎌倉公方足利持氏との不和を調停したが、結局は持氏を倒し、その死後剃髪、諸国を行脚。(1410〜1466)
⇒うえすぎ【上杉】
うえすぎ‐のりまさ【上杉憲政】ウヘ‥🔗⭐🔉
うえすぎ‐のりまさ【上杉憲政】ウヘ‥
戦国時代の武将。関東管領であったが北条氏康に攻められ、長尾景虎(上杉謙信)を頼って、関東管領職と上杉の姓を譲る。(1523〜1579)
⇒うえすぎ【上杉】
うえすぎ‐ようざん【上杉鷹山】ウヘ‥🔗⭐🔉
うえすぎ‐ようざん【上杉鷹山】ウヘ‥
江戸後期の米沢藩主。名は治憲。越前守。日向高鍋藩主秋月種美の次男。重定の養子。細井平洲を師とし、藩政改革を推進。藩校興譲館の設立、節倹の励行、行政の刷新、産業の奨励に努め、荒地開墾に尽力。(1751〜1822)
→文献資料[上杉鷹山伝国の詞]
⇒うえすぎ【上杉】
ウェスタ【Vesta】🔗⭐🔉
ウェスタ【Vesta】
ローマ神話で竈かまどの女神。神像はなく、火が崇拝の対象。ローマのウェスタの神殿では「永遠の火」を清純な処女が護った。→ヘスティア
ウェスターマーク【Edward Alexander Westermark】🔗⭐🔉
ウェスターマーク【Edward Alexander Westermark】
イギリスの社会学者。フィンランド生れ。婚姻・家族制度研究の権威。著「人類婚姻史」「道徳理念の起源と発展」など。(1862〜1939)
広辞苑 ページ 1649。