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みなもと‐の‐ひろまさ【源博雅】🔗🔉

みなもと‐の‐ひろまさ源博雅】 博雅三位はくがのさんみの本名。 ⇒みなもと【源】

みなもと‐の‐まこと【源信】🔗🔉

みなもと‐の‐まこと源信】 平安前期の貴族。嵯峨天皇の皇子。源姓を賜り、左大臣。北辺きたのべの左大臣とも。応天門の変では、一時放火の嫌疑をうけた。(810〜868) ⇒みなもと【源】

みなもと‐の‐みちちか【源通親】🔗🔉

みなもと‐の‐みちちか源通親】 平安末期・鎌倉初期の貴族。村上源氏。源(久我)雅通の子。一説に道元の父。頼朝と結ぶ関白九条兼実を排斥し、外孫土御門天皇を即位させて権勢を握る。和歌をよくし、著「高倉院厳島御幸記」など。土御門内大臣。(1149〜1202) ⇒みなもと【源】

みなもと‐の‐みちとも【源通具】🔗🔉

みなもと‐の‐みちとも源通具】 鎌倉初期の歌人。新古今集の撰者の一人。通親の子。堀河大納言。妻は藤原俊成の女むすめ。(1171〜1227) ⇒みなもと【源】

みなもと‐の‐みつなか【源満仲】🔗🔉

みなもと‐の‐みつなか源満仲】 平安中期の武将。経基の長子。鎮守府将軍。武略に富み、摂津多田に住んで多田氏と称し、多数の郎党を養い、清和源氏の基礎を固めた。多田満仲ただのまんじゅう。(912〜997) ⇒みなもと【源】

みなもと‐の‐みつゆき【源光行】🔗🔉

みなもと‐の‐みつゆき源光行】 鎌倉初期の学者。子親行と共に源氏物語(河内本)を校勘。法名、寂因。承久の乱に連座。「蒙求もうぎゅう和歌」があり、古く「海道記」の作者に擬せられた。(1163〜1244) ⇒みなもと【源】

みなもと‐の‐もろふさ【源師房】🔗🔉

みなもと‐の‐もろふさ源師房】 平安中期の貴族。具平ともひら親王(村上天皇皇子)の長子。初名は資定。文をよくし、和歌に長じた。源姓を賜り(村上源氏)、藤原頼通の猶子となり、累進して内大臣・右大臣。日記「土右記」。土御門右大臣。(1008〜1077) ⇒みなもと【源】

広辞苑 ページ 18934