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たいら-の-ときこ タヒラ― 【平時子】🔗⭐🔉
たいら-の-ときこ タヒラ― 【平時子】
(?-1185) 平清盛の妻。平時忠の妹。二位尼(ニイノアマ)とも。宗盛・知盛・重衡・徳子の生母。壇
浦で安徳天皇を抱いて入水した。
浦で安徳天皇を抱いて入水した。
たいら-の-ときただ タヒラ― 【平時忠】🔗⭐🔉
たいら-の-ときただ タヒラ― 【平時忠】
(1128?-1189?) 平安末期の公卿。時信の子。正二位権大納言。後白河天皇の女御(建春門院)滋子,清盛の妻時子はともにその妹。権勢をふるい平関白と称された。「平氏にあらざれば人にあらず」という言葉を残したことでも知られる。平家滅亡後,源義経に近づいて保身を図ったが,能登に流されて没した。
たいら-の-とくこ タヒラ― 【平徳子】🔗⭐🔉
たいら-の-とくこ タヒラ― 【平徳子】
⇒建礼門院(ケンレイモンイン)
たいら-の-とももり タヒラ― 【平知盛】🔗⭐🔉
たいら-の-とももり タヒラ― 【平知盛】
(1152-1185) 平安末期の武将。清盛の子。以仁王(モチヒトオウ)・源頼政の挙兵を宇治で鎮圧,源行家を尾張・美濃で破った。壇
浦で「見るべき程の事は見つ」と鎧二領をつけて入水。平家屈指の勇将とされ,謡曲や浄瑠璃に戯曲化される。
浦で「見るべき程の事は見つ」と鎧二領をつけて入水。平家屈指の勇将とされ,謡曲や浄瑠璃に戯曲化される。
たいら-の-のりつね タヒラ― 【平教経】🔗⭐🔉
たいら-の-のりつね タヒラ― 【平教経】
(1160-1185) 平安末期の武将。教盛の子。能登守。屋島の戦いで佐藤継信を射殺し,壇
浦の戦いでは義経を追いつめたが捕らえそこね,源氏の武士二人をかき抱いて入水した。
浦の戦いでは義経を追いつめたが捕らえそこね,源氏の武士二人をかき抱いて入水した。
たいら-の-のりもり タヒラ― 【平教盛】🔗⭐🔉
たいら-の-のりもり タヒラ― 【平教盛】
(1128-1185) 平安末期の武将。忠盛の子。清盛の弟。通称,門脇宰相。正三位中納言。壇
浦の戦いで自刃。
浦の戦いで自刃。
たいら-の-まさかど タヒラ― 【平将門】🔗⭐🔉
たいら-の-まさかど タヒラ― 【平将門】
(?-940) 平安中期の武将。通称,相馬小二郎。父は良持とも良将とも。935年,所領争いなどから叔父国香を殺し,一族との抗争を招く。また,土豪間の紛争に巻き込まれて,しばしば兵を動かす。常陸・上野・下野の国府を占領するに至って東国に独立国家を作る野望を抱き,下総猿島郡石井(イワイ)に王城を営んで百官を置き,新皇を称したが,平貞盛らに討たれた。
大辞林 ページ 148610。