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いどう‐えんげき【移動演劇】🔗🔉

いどう‐えんげき移動演劇】 演劇の普及のため各地を移動しながら行う演劇。日本では1920年代に始まり、第二次大戦中に盛行。 ⇒い‐どう【移動】

いと‐うお【糸魚】‥ウヲ🔗🔉

いと‐うお糸魚‥ウヲ ⇒いとよ

いとう‐きさく【伊藤熹朔】🔗🔉

いとう‐きさく伊藤熹朔】 舞台美術家。東京生れ。東京美術学校卒。築地小劇場・俳優座や商業演劇などで多くの舞台美術を手がける。(1899〜1967) 伊藤熹朔 撮影:田沼武能 ⇒いとう【伊藤】

いどう‐けいさつ【移動警察】🔗🔉

いどう‐けいさつ移動警察】 二つ以上の都道府県警察の管轄区域にわたる交通機関における警察。 ⇒い‐どう【移動】

いとう‐けいすけ【伊藤圭介】🔗🔉

いとう‐けいすけ伊藤圭介】 幕末・明治の植物学者。尾張藩の人。東大教授。シーボルトに師事、リンネの植物分類法を抄訳し「泰西本草名疏」を刊行。著「日本産物志」「日本植物図説」など。(1803〜1901) ⇒いとう【伊藤】

いとう‐げんぼく【伊東玄朴】🔗🔉

いとう‐げんぼく伊東玄朴】 幕末の蘭医・幕府奥医師。名は淵。肥前の人。シーボルトに学び、鍋島藩に勧めてオランダから牛痘苗を取り寄せて接種を行う。1858年(安政5)江戸に幕府の種痘所を開き、61年(文久1)その後身西洋医学所の取締。(1800〜1871) ⇒いとう【伊東】

いとう‐さちお【伊藤左千夫】‥ヲ🔗🔉

いとう‐さちお伊藤左千夫‥ヲ 歌人。名は幸次郎。上総(千葉県)生れ。1900年(明治33)正岡子規の門に入る。子規没後、「馬酔木あしび」「アララギ」などを発刊し、その写生主義を強調。歌風は万葉風。門下に赤彦・茂吉などを出し、写生文の小説にも長じた。歌集・歌論集のほか、小説「野菊の墓」など。(1864〜1913) 伊藤左千夫 提供:毎日新聞社 →作品:『野菊の墓』 ⇒いとう【伊藤】

広辞苑 ページ 1307