複数辞典一括検索+![]()
![]()
うずまさ【太秦】(うづまさ)🔗⭐🔉
うずまさ【太秦】(うづまさ)
(平安ごろまで「うつまさ」)
秦(はた)氏の姓。雄略天皇の時首長の秦酒公(さけのきみ)が絹を織って献上し、禹豆麻佐(うつまさ)の姓を賜わり、後に太秦の字を当てたという。
京都市右京区の地名。秦氏が「うつまさ」の姓を賜わって居住したところからの呼称。
(
にあるところから)広隆寺。
●太秦の牛祭(うしまつり)
京都市右京区太秦の広隆寺境内にある大避(おおさけ)神社の祭礼。陰暦九月一二日(現在は一〇月一二日)に行なう。僧侶の一人が、白衣に紙を垂らした摩多羅神(またらじん)の仮面をかぶって牛に乗り、四天王と呼ぶ赤鬼、青鬼各二人が巨大な面をつけ、矛を手にして、行列をなして社堂を巡り、祖師堂に向かって、祭文を読む。慈覚大師が摩多羅神を中国から将来して叡山と太秦にまつったのが始めであるとも、長和元年に恵心僧都によって始められたともいう。うしまつり。
秦(はた)氏の姓。雄略天皇の時首長の秦酒公(さけのきみ)が絹を織って献上し、禹豆麻佐(うつまさ)の姓を賜わり、後に太秦の字を当てたという。
京都市右京区の地名。秦氏が「うつまさ」の姓を賜わって居住したところからの呼称。
(
にあるところから)広隆寺。
●太秦の牛祭(うしまつり)
京都市右京区太秦の広隆寺境内にある大避(おおさけ)神社の祭礼。陰暦九月一二日(現在は一〇月一二日)に行なう。僧侶の一人が、白衣に紙を垂らした摩多羅神(またらじん)の仮面をかぶって牛に乗り、四天王と呼ぶ赤鬼、青鬼各二人が巨大な面をつけ、矛を手にして、行列をなして社堂を巡り、祖師堂に向かって、祭文を読む。慈覚大師が摩多羅神を中国から将来して叡山と太秦にまつったのが始めであるとも、長和元年に恵心僧都によって始められたともいう。うしまつり。
●太秦の牛祭(うしまつり)🔗⭐🔉
●太秦の牛祭(うしまつり)
京都市右京区太秦の広隆寺境内にある大避(おおさけ)神社の祭礼。陰暦九月一二日(現在は一〇月一二日)に行なう。僧侶の一人が、白衣に紙を垂らした摩多羅神(またらじん)の仮面をかぶって牛に乗り、四天王と呼ぶ赤鬼、青鬼各二人が巨大な面をつけ、矛を手にして、行列をなして社堂を巡り、祖師堂に向かって、祭文を読む。慈覚大師が摩多羅神を中国から将来して叡山と太秦にまつったのが始めであるとも、長和元年に恵心僧都によって始められたともいう。うしまつり。
うずまさ‐がた【太奏型】(うづまさ‥)
石灯籠の形の名。
うずまさ‐しょうりょうえ【太秦聖霊会】(うづまさシャウリャウヱ)🔗⭐🔉
うずまさ‐しょうりょうえ【太秦聖霊会】(うづまさシャウリャウヱ)
京都市右京区太秦の広隆寺で陰暦八月二二日に行なう聖徳太子の聖霊会。舞楽が奏される。
うずまさ‐でら【太秦寺】(うづまさ‥)🔗⭐🔉
うずまさ‐でら【太秦寺】(うづまさ‥)
広隆寺の別称。
日国に「太秦」で始まるの検索結果 1-4。