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かんおう‐かい【観桜会】クワンアウクワイ🔗🔉

かんおう‐かい観桜会クワンアウクワイ 毎年4月中旬に行われた天皇主催の観桜の行事。初めは吹上御苑、1917年(大正6)以降は新宿御苑で催された。38年廃止されたが、第二次大戦後皇室園遊会として復活。観桜御宴。 ⇒かん‐おう【観桜】

かんおう‐の‐じょうらん【観応の擾乱】クワン‥ゼウ‥🔗🔉

かんおう‐の‐じょうらん観応の擾乱クワン‥ゼウ‥ 観応元〜3年(1350〜52)に起こった足利尊氏・直義両派間の全国的内乱。尊氏派の首領高師直こうのもろなお一族の滅亡など一進一退し、直義の毒殺によっていちおう終結。 ⇒かんおう【観応】

かん‐おけ【棺桶】クワンヲケ🔗🔉

かん‐おけ棺桶クワンヲケ 棺に用いる桶。はやおけ。 ⇒棺桶に片足を突っ込んでいる ○棺桶に片足を突っ込んでいるかんおけにかたあしをつっこんでいる いつ死んでもおかしくない状態にある。 ⇒かん‐おけ【棺桶】

かんお‐はるひで【神尾春央】‥ヲ‥🔗🔉

かんお‐はるひで神尾春央‥ヲ‥ 江戸中期の勘定奉行。1737年(元文2)就任。有毛検見ありげけみ法の実施、隠田おんでんの摘発など、年貢増徴を推進。「西域物語」に、「胡麻の油と百姓は絞れば絞るほど出るもの」と言ったと伝える。(1687〜1753) ⇒かんお【神尾】

かん‐おん【桓温】クワンヲン🔗🔉

かん‐おん桓温クワンヲン 東晋の武将・政治家。字は元子。穆帝ぼくていの時、軍功を以て臨賀郡公に封ぜられ、後に大司馬となり、簡文帝を立てて帝位を狙ったが、野望を達せずに没。「男子芳を百世に流す能わずんば亦た当まさに臭を万年に遺すべし」の語は有名。(312〜373)

かん‐おん【感恩】🔗🔉

かん‐おん感恩】 恩に感ずること。恩を感謝すること。

かん‐おん【漢音】🔗🔉

かん‐おん漢音】 日本漢字音の一つ。唐代、長安(今の西安)地方で用いた標準的な発音を写したもの。遣唐使・留学生・音博士などによって奈良時代・平安初期に伝来した。「行」をカウ、「日」をジツとする類。官府・学者は漢音を、仏家は呉音を用いることが多かった。→呉音→唐音→宋音

広辞苑 ページ 4378