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広辞苑の検索結果 (7)
なみ‐き【並木】🔗⭐🔉
なみ‐き【並木】
①並び立っている樹木。
②街路に沿って一列に植えた樹。街路樹。「桜―」
⇒なみき‐しき【並木敷】
⇒なみき‐みち【並木道】
なみき【並木】(姓氏)🔗⭐🔉
なみき‐ごへい【並木五瓶】🔗⭐🔉
なみき‐ごへい【並木五瓶】
歌舞伎脚本作者。
①(初世)大坂の人。初世並木正三の高弟。時代物と世話物とを全く独立させた作劇の新例を開き、その脚色が合理的で整然としている所に特色がある。代表作「天満宮菜種御供なたねのごくう」「金門五三桐」「五大力恋緘こいのふうじめ」など。(1747〜1808)
→作品:『漢人韓文手管始』
→作品:『金門五三桐』
→作品:『五大力恋緘』
②(3世)2世の門人。作は「勧進帳」など。(1789〜1855)
→作品:『勧進帳』
⇒なみき【並木】
なみき‐しき【並木敷】🔗⭐🔉
なみき‐しき【並木敷】
並木の立っている部分の地。また、並木を保護・扶植するため、街路の並木に沿って残した土地。
⇒なみ‐き【並木】
なみき‐しょうぞう【並木正三】‥シヤウザウ🔗⭐🔉
なみき‐しょうぞう【並木正三】‥シヤウザウ
(初世)歌舞伎脚本作者。大坂の人。京坂第一の歌舞伎作者とうたわれ、構想は雄大、筋も複雑で、浄瑠璃の影響が大きい。また、回り舞台など舞台機構に新生面を開いた。代表作は「けいせい天羽衣」「宿無団七時雨傘しぐれのからかさ」など。(1730〜1773)
⇒なみき【並木】
なみき‐そうすけ【並木宗輔】🔗⭐🔉
なみき‐そうすけ【並木宗輔】
浄瑠璃作者。並木の系祖。号、千柳。もと備後三原の僧侶。西沢一風の門人。豊竹座・竹本座のために執筆し、2世竹田出雲らとの合作が多い。「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」「源平布引滝」「一谷嫩軍記いちのたにふたばぐんき」などの傑作があり、名人形遣い吉田文三郎と提携して操芝居あやつりしばいの最盛期を現出。(1695〜1751)
→作品:『一谷嫩軍記』[一谷嫩軍記(熊谷陣屋の段)]
→作品:『仮名手本忠臣蔵』
→作品:『源平布引滝』
→作品:『菅原伝授手習鑑』
→作品:『夏祭浪花鑑』
→作品:『双蝶蝶曲輪日記』
→作品:『義経千本桜』
⇒なみき【並木】
なみき‐みち【並木道】🔗⭐🔉
なみき‐みち【並木道】
両側に並木を植えた道。
⇒なみ‐き【並木】
大辞林の検索結果 (7)
なみ-き【並木】🔗⭐🔉
なみ-き [0] 【並木】
道路の両側などに,一定間隔で並べ植えられた樹木。街路樹。「楡(ニレ)の―」「―道」
なみき-しき【並木敷】🔗⭐🔉
なみき-しき [3] 【並木敷】
並木の保護のために舗装せず残してある根もとの周りの土地。
なみき【並木】🔗⭐🔉
なみき 【並木】
姓氏の一。
なみき-ごへい【並木五瓶】🔗⭐🔉
なみき-ごへい 【並木五瓶】
(1747-1808)(初世)歌舞伎脚本作者。大坂の人。並木正三の門人。安永(1772-1781)から寛政(1789-1801)にかけて,京坂と江戸の両所で活躍。合理性に富んだ作風で,時代物・世話物を独立させる方法を創始。代表作「天満宮菜種御供(ナタネノゴクウ)」「五大力恋緘(コイノフウジメ)」「金門五三桐」など。
なみき-しょうぞう【並木正三】🔗⭐🔉
なみき-しょうぞう ―シヤウザウ 【並木正三】
(1730-1773)(初世)歌舞伎脚本作者。大坂の人。宝暦(1751-1764)から安永(1772-1781)にかけての京坂劇壇の第一人者。浄瑠璃的な手法で,雄大な構想の時代物を得意とした。また,回り舞台の考案者としても知られる。代表作「幼稚子敵討(オサナゴノアダウチ)」「三十石
始(ヨブネノハジマリ)」「宿無団七時雨傘(シグレノカラカサ)」など。

なみき-そうすけ【並木宗輔】🔗⭐🔉
なみき-そうすけ 【並木宗輔】
(1695-1751) 江戸中期の浄瑠璃作者。別号,千柳。通称は松屋宗助。大坂の人。僧侶の出。西沢一風に師事。豊竹座・竹本座の作者として活躍。複雑な筋立てと,スペクタクルに富む作が多く,人形浄瑠璃の最盛期を現出した。代表作は「夏祭浪花鑑(ナニワカガミ)」「菅原伝授手習鑑(テナライカガミ)」「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」など。「一谷嫩軍記(イチノタニフタバグンキ)」が絶筆。
なみき【並木】(和英)🔗⭐🔉
なみき【並木】
roadside trees.並木道 an avenue.→英和
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