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じじゅう‐でん【仁寿殿】🔗🔉

じじゅう‐でん【仁寿殿】 平安京内裏十七殿の一。内裏中央、紫宸殿(ししんでん)の北にあった。初め天皇の日常の座所、のち、内宴・相撲(すまい)・蹴鞠(けまり)などを行う所となった。じんじゅでん。にんじゅでん。

じん【仁】🔗🔉

じん【仁】 思いやり。いつくしみ。なさけ。特に、儒教における最高徳目で、他人と親しみ、思いやりの心をもって共生(きようせい)を実現しようとする実践倫理。「智・―・勇」「―ある君も用なき臣は養ふ事あたはず」〈浄・国性爺〉ひと。「若いに似合わぬ物の分った―だ」〈有島・或る女〉→御仁(ごじん)果実の核。さね。たね。にん。細胞の核内にある一個から数個の粒状構造。主にRNAとたんぱく質とからなる。核小体。

じん‐あい【仁愛】🔗🔉

じん‐あい【仁愛】 [名・形動]情け深い心で人を思いやること。いつくしむこと。また、そのさま。「―の心」「忠孝―なる同胞(きようだい)」〈魯庵・社会百面相〉

じん‐おん【仁恩】🔗🔉

じん‐おん【仁恩】 思いやりの気持ちから与える恩。めぐみ。いつくしみ。

じん‐ぎ【仁義】🔗🔉

じん‐ぎ【仁義】 仁と義。儒教道徳の根本理念。道徳上守るべき筋道。「―にもとる行為」「―を重んじる」他人に対して欠かせない礼儀上の務め。義理。《「辞宜(じんぎ)」からか》ばくち打ち・香具師(やし)などの仲間の道徳・おきて。また、その仲間内で行われる初対面のあいさつ。

仁義を切・る🔗🔉

仁義を切・る ばくち打ち・香具師(やし)などの間で、独特の形式に基づいた初対面のあいさつを交わす。また転じて、事をなすにあたって、先任者・関連部署などにひととおりのあいさつをしておく。

じんぎ‐だて【仁義立て】🔗🔉

じんぎ‐だて【仁義立て】 仁義を守ること。また、そのふりをすること。

じん‐きょう【△任×侠・仁×侠】‐ケフ🔗🔉

じん‐きょう【×侠・仁×侠】‐ケフ にんきょう(任侠)

じん‐くん【仁君】🔗🔉

じん‐くん【仁君】 慈しみ深い君主。仁徳を備えた君主。

じん‐けい【仁恵】🔗🔉

じん‐けい【仁恵】 思いやりの心と、恵み。

じん‐けい【仁兄】🔗🔉

じん‐けい【仁兄】 [代]二人称の人代名詞。手紙などで、男性が対等の男性に対し敬意を込めて用いる語。貴兄。

じん‐けん【仁賢】🔗🔉

じん‐けん【仁賢】 仁の心をもち、しかも賢いこと。また、その人。仁者と賢者。

じん‐こう【仁厚】🔗🔉

じん‐こう【仁厚】 慈悲の心の深いこと。人情に厚いこと。

じんさい‐てん【仁斎点】🔗🔉

じんさい‐てん【仁斎点】 伊藤仁斎が中国の古注をもとにして施した訓点。

じん‐じ【仁慈】🔗🔉

じん‐じ【仁慈】 思いやりがあって情け深いこと。「博愛―の聞えたかき兄を」〈一葉・別れ霜〉

じん‐しゃ【仁者】🔗🔉

じん‐しゃ【仁者】 情け深い人。儒教の説く仁徳を備えた人。仁人。

仁者は憂えず🔗🔉

仁者は憂えず 《「論語」子罕から》仁者は心がおおらかで天命に安んじているから、何事にも心配することがない。

仁者は敵なし🔗🔉

仁者は敵なし 《「孟子」梁恵王上から》仁者は深い愛情をもって人に交わるから、敵となる者はない。

仁者は山を楽しむ🔗🔉

仁者は山を楽しむ 《「論語」雍也から》天命に安んじて欲に動かされることのない仁者は、不動の山を見て楽しむ。

じん‐じゅ【仁寿】🔗🔉

じん‐じゅ【仁寿】 《「論語」雍也の「仁者は寿(いのちなが)し」から》仁徳があって命が長いこと。

じん‐じゅつ【仁×恤】🔗🔉

じん‐じゅつ【仁×恤】 あわれんで情をかけること。

じん‐じゅつ【仁術】🔗🔉

じん‐じゅつ【仁術】 仁徳を他に施す方法。また、特に医術をいう。「医は―なり」

じんじゅ‐でん【仁寿殿】🔗🔉

じんじゅ‐でん【仁寿殿】 じじゅうでん(仁寿殿)

じん‐じょ【仁×恕】🔗🔉

じん‐じょ【仁×恕】 情け深く、思いやりがあること。相手をあわれんで罪を許すこと。

じん‐しん【仁心】🔗🔉

じん‐しん【仁心】 人を思いやる心。

じん‐じん【仁人】🔗🔉

じん‐じん【仁人】 思いやりの心を備えた人。仁者。

じん‐せい【仁政】🔗🔉

じん‐せい【仁政】 恵み深い、思いやりのある政治。「―を施す」

じんせん【仁川】🔗🔉

じんせん【仁川】 韓国北西部、黄海に面する港湾都市。首都ソウルの外港で、国際貿易港。人口、行政区一八二万(一九九〇)。インチョン。

じん‐たい【人体・仁体】🔗🔉

じん‐たい【人体・仁体】 [名](人体)人間のからだ。「―に及ぼす影響」「―実験」人のようす。人柄。人品。にんてい。「やら―にも似合はぬ事をおしやる」〈虎明狂・雁盗人〉人を丁寧にいう語。おかた。御仁(ごじん)。「ソノ里ニ名ヲバイソポト言ウテ異形不思議ナ―ガオヂャッタガ」〈天草本伊曾保・イソポが生涯〉御仁体(ごじんたい)[名・形動ナリ]体裁が悪いこと。また、そのさま。「―な事云はずと、人の来ぬ間においでいなあ」〈伎・黄金

じんたい‐ら・し【人体らし・仁体らし】🔗🔉

じんたい‐ら・し【人体らし・仁体らし】 [形シク]人品がよく見えるさま。人柄がりっぱである。「―・しき人をつれ来て、我を見せけるに」〈浮・一代女・六〉

じん‐ち【仁知・仁×智】🔗🔉

じん‐ち【仁知・仁×智】 仁愛も知恵もあること。思いやりがあって賢いこと。

じん‐どう【仁道】‐ダウ🔗🔉

じん‐どう【仁道】‐ダウ 人として守るべき道。仁の道。

じん‐とく【仁徳】🔗🔉

じん‐とく【仁徳】 仁愛の徳。他人に対する思いやりの心。「其君主たる家康は―の人にして」〈田口・日本開化小史〉

じん‐ぷう【仁風】🔗🔉

じん‐ぷう【仁風】 仁徳による教化。「―率土(そつど)に覆ひ」〈盛衰記・二五〉《晋の袁宏が扇を贈られて「まさに仁風を奉揚し、彼の黎庶を慰むべし」と答えたという、「晋書」文苑伝の故事から》扇のこと。

にえもん‐じま【仁右衛門島】ニヱモン‐🔗🔉

にえもん‐じま【仁右衛門島】ニヱモン‐ 千葉県南部、鴨川市沖にある小島。石橋山の戦いに敗れた源頼朝を、平野仁右衛門がこの島にかくまったと伝える。

に‐おう【仁王・二王】‐ワウ🔗🔉

に‐おう【仁王・二王】‐ワウ 寺門の左右にあって、その忿怒(ふんぬ)の形相で仏敵を払う守護神。ふつう二神一対で、一体は口を開いた阿形(あぎよう)、もう一体は口を閉じた吽形(うんぎよう)とする。金剛力士。

におう【仁王】ニワウ🔗🔉

におう【仁王】ニワウ 狂言。某(なにがし)が無一文の男を仁王に仕立てて参詣人の供物を集めるが、足の不自由な男が仁王と縁を結びたいと身体をなで回し、正体がばれる。

におう‐だち【仁王立ち】ニワウ‐🔗🔉

におう‐だち【仁王立ち】ニワウ‐ 仁王の像のように、いかめしく力強い様相で立つこと。「―になって行く手をふさぐ」

におう‐もん【仁王門】ニワウ‐🔗🔉

におう‐もん【仁王門】ニワウ‐ 仁王像を左右に安置してある社寺の門。

におう‐りき【仁王力】ニワウ‐🔗🔉

におう‐りき【仁王力】ニワウ‐ 仁王のような大力。金剛力。

にざ‐だい【仁座×鯛】‐だひ🔗🔉

にざ‐だい【仁座×鯛】‐だひ スズキ目ニザダイ科の海水魚。全長約四〇センチ。体は卵形で側扁が著しく、吻(ふん)がとがる。尾柄部に三〜五個の鋭い突起がある。体色は暗灰色。本州の中部以南の沿岸の岩礁域にすみ、石灰藻を好んで食べる。食用。

にしな【仁科】🔗🔉

にしな【仁科】 姓氏の一。

にしな‐もりとお【仁科盛遠】‐もりとほ🔗🔉

にしな‐もりとお【仁科盛遠】‐もりとほ 鎌倉時代の武将。信濃の人。後鳥羽上皇に仕え、承久の乱に北条朝時と戦い敗れた。生没年未詳。

にしな‐よしお【仁科芳雄】‐よしを🔗🔉

にしな‐よしお【仁科芳雄】‐よしを一八九〇〜一九五一]物理学者。岡山の生まれ。長岡半太郎、ラザフォード、ボーアに師事。理化学研究所の主任研究員から所長となり、量子力学・原子核・宇宙線の研究に業績をあげ、また、湯川秀樹・朝永振一郎・坂田昌一ら後進を指導。昭和一二年(一九三七)および一九年、日本最初のサイクロトロンを建設。文化勲章受章。

にすけ【仁助・仁△介】🔗🔉

にすけ【仁助・仁介】 江戸時代、船頭・馬方、または仲間(ちゆうげん)・小者などの奉公人のこと。仁蔵(にぞう)

にせものがたり【仁勢物語】🔗🔉

にせものがたり【仁勢物語】 仮名草子。二巻。作者未詳。寛永一七年(一六四〇)ごろ成立。伊勢物語をもじって、当時の世相・風俗を滑稽に描いた。

にぞう【仁蔵・二蔵】ニザウ🔗🔉

にぞう【仁蔵・二蔵】ニザウ 鍛冶(かじ)屋の職人、船頭・馬方などの通称。仁助(にすけ)。「鉱(あらかね)の槌打つ―までも」〈浮・男色大鑑・六〉

にた‐やま【仁田山】🔗🔉

にた‐やま【仁田山】 「仁田山織」の略。《仁田山織の紬(つむぎ)は普通の紬に似ているが、質が悪いところから》似て非なるもの。まがいもの。「この頃―の今助六といふ野郎が」〈洒・大通秘密論〉

にたやま‐おり【仁田山織】🔗🔉

にたやま‐おり【仁田山織】 群馬県仁田山地方(現在の桐生市)から産出する織物の総称。

にたやま‐ぎぬ【仁田山絹】🔗🔉

にたやま‐ぎぬ【仁田山絹】 仁田山織の太絹織物。

にたやま‐つむぎ【仁田山×紬】🔗🔉

にたやま‐つむぎ【仁田山×紬】 仁田山織の紬。

にだゆう【仁太夫】ニダイフ🔗🔉

にだゆう【仁太夫】ニダイフ 江戸時代、江戸市中の浮浪人の元締めの名。代々中山仁太夫と称し、門付(かどづけ)渡世の者に鑑札を発行して金をとった。

にたん‐の‐しろう【仁田四郎】‐シラウ🔗🔉

にたん‐の‐しろう【仁田四郎】‐シラウ 仁田忠常(につたただつね)の通称。

にっき‐だんじょう【仁木弾正】‐ダンジヤウ🔗🔉

にっき‐だんじょう【仁木弾正】‐ダンジヤウ 歌舞伎「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」など伊達騒動(だてそうどう)物に登場する人物。お家乗っ取りをはかる悪人で、実悪(じつあく)の典型的な役どころ。仙台藩の家老原田甲斐(はらだかい)をモデルとする。

にった‐ただつね【仁田忠常】🔗🔉

にった‐ただつね【仁田忠常】?〜一二〇三]鎌倉初期の武将。伊豆の人。通称、仁田四郎(にたんのしろう)。源頼朝に仕え、範頼に従って平氏を追討。また、富士の巻き狩りで曾我十郎祐成を討った。のち、将軍頼家と北条時政の争いに巻き込まれて殺された。

にんあん【仁安】🔗🔉

にんあん【仁安】 平安末期、六条・高倉天皇の時の年号。一一六六年八月二七日〜一一六九年四月八日。にんなん。

にんがい【仁海】🔗🔉

にんがい【仁海】九五一〜一〇四六]平安中期の真言宗の僧。和泉(いずみ)の人。小野流の始祖。通称、小野僧正・雨僧正。高野山で修行し、京都醍醐寺の元杲(げんごう)に師事、小野に曼荼羅(まんだら)寺(のちの随心院)を開創。東大寺別当・東寺長者に任ぜられる。雨ごいの修法で知られる。著「小野六帖」「伝受集」など。にんかい。

にん‐きょう【任×侠・△仁×侠】‐ケフ🔗🔉

にん‐きょう【任×侠・×侠】‐ケフ 弱い者を助け強い者をくじき、義のためならば命も惜しまないといった気性に富むこと。おとこ気。「―道」

にんけん‐てんのう【仁賢天皇】‐テンワウ🔗🔉

にんけん‐てんのう【仁賢天皇】‐テンワウ 記紀で、第二四代の天皇。父は磐坂市辺押磐(いわさかのいちべのおしわ)皇子。名は億計(おけ)。父が雄略天皇に殺されると難を避けて播磨(はりま)に逃れたが、清寧天皇の皇太子に迎えられ、天皇の没後、弟弘計(おけ)王(顕宗天皇)に皇位を譲り、その没後即位したという。

にんこう‐てんのう【仁孝天皇】ニンカウテンワウ🔗🔉

にんこう‐てんのう【仁孝天皇】ニンカウテンワウ一八〇〇〜一八四六]第一二〇代天皇。在位一八一七〜四六。光格天皇の第四皇子。名は恵仁(あやひと)。父天皇の遺志を継いで、堂上子弟のために学舎(のちの学習院)建設を命じた。

にんじ【仁治】ニンヂ🔗🔉

にんじ【仁治】ニンヂ 鎌倉時代、四条・後嵯峨天皇の時の年号。一二四〇年七月一六日〜一二四三年二月二六日。

にんじゅ【仁寿】🔗🔉

にんじゅ【仁寿】 平安前期、文徳天皇の時の年号。八五一年四月二八日〜八五四年一一月三〇日。

にんせい‐やき【△仁清焼】🔗🔉

にんせい‐やき【仁清焼】 御室焼(おむろやき)

にん‐とく【△仁徳】🔗🔉

にん‐とく【仁徳】 じんとく(仁徳)

にんとく‐てんのう【仁徳天皇】‐テンワウ🔗🔉

にんとく‐てんのう【仁徳天皇】‐テンワウ 記紀で、第一六代の天皇。応神天皇の第四皇子。名は大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)。租税を免除し、茨田(まんだ)堤を築造するなどの仁政を行ったという。「宋書」などにみえる倭の五王の讚または珍に比定する説もある。

にんとくりょう‐こふん【仁徳陵古墳】🔗🔉

にんとくりょう‐こふん【仁徳陵古墳】 大阪府堺市にある仁徳天皇陵と伝える五世紀の古墳。日本最大級の前方後円墳で、全長四八六メートル、高さ三四メートル。百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)。大山(だいせん)古墳。

にんな【仁和】ニンワ🔗🔉

にんな【仁和】ニンワ 《「にんわ」の連声(れんじよう)》平安前期、光孝・宇多天皇の時の年号。八八五年二月二一日〜八八九年四月二七日。

にんな‐じ【仁和寺】🔗🔉

にんな‐じ【仁和寺】 京都市右京区にある真言宗御室(おむろ)派の総本山。山号は大内山。宇多天皇が光孝天皇の志を継いで仁和四年(八八八)完成。譲位後、益信を戒師として出家、一宇を設け御座所として住んだので、御室御所と称した。のち、門跡寺院として代々法親王が入寺。金堂は寛永年間(一六二四〜一六四四)に紫宸殿を移築したもの。平安時代作の本尊阿弥陀三尊像や「三十帖冊子」「医心方」をはじめ、多数の文化財を所蔵。御室仁和寺門跡。

にんなみ‐どうはち【仁阿弥道八】ニンアミダウハチ🔗🔉

にんなみ‐どうはち【仁阿弥道八】ニンアミダウハチ一七八三〜一八五五]江戸後期の陶工。京都の人。清水焼を焼いて代々高橋道八を名のる家系の二代目。初代の次男。名は光時。仁和寺宮から「仁」の字を賜り、仁阿弥と号した。新旧の技術を修得し、琳派(りんぱ)風の意匠をよくした。

にんのう‐え【△仁王会】ニンワウヱ🔗🔉

にんのう‐え【仁王会】ニンワウヱ 天下太平・鎮護国家を祈願するために、仁王経を講説・讚嘆する法会(ほうえ)。斉明天皇六年(六六〇)に始まり、奈良・平安時代には年中行事化した。宮中の大極殿・紫宸殿(ししんでん)・清涼殿などで行われた。

にんのう‐こう【△仁王講】ニンワウ‐🔗🔉

にんのう‐こう【仁王講】ニンワウ‐ 「仁王般若経」を講じ読誦する法会(ほうえ)。護国・万民豊楽を祈願して行う。

にんのう‐はんにゃきょう【仁王般若経】ニンワウハンニヤキヤウ🔗🔉

にんのう‐はんにゃきょう【仁王般若経】ニンワウハンニヤキヤウ 大乗経典。漢訳に鳩摩羅什(くまらじゆう)訳「仁王般若波羅蜜経」(略称、仁王経)二巻と、唐の不空訳「仁王護国般若波羅蜜多経」(略称、仁王護国経・新訳仁王経)二巻の二種がある。般若波羅蜜を受持することによって、国家の安穏が得られると説くため、「法華経」「金光明経」とともに護国三部経とされた。仁王経。

にんぺい【仁平】🔗🔉

にんぺい【仁平】 平安後期、近衛天皇の時の年号。一一五一年一月二六日〜一一五四年一〇月二八日。にんぴょう。

にんみょう‐てんのう【仁明天皇】ニンミヤウテンワウ🔗🔉

にんみょう‐てんのう【仁明天皇】ニンミヤウテンワウ八一〇〜八五〇]第五四代天皇。在位八三三〜五〇。嵯峨天皇の第二皇子。名は正良(まさら)。深草帝とも称する。在位中に令義解(りようのぎげ)の施行、日本後紀の編集などが行われた。

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[音]ジン    ニン    ニ [部首]人 [総画数]4 [コード]区点    3146      JIS   3F4E      S‐JIS 906D [分類]常用漢字 [難読語] →おうにん【応仁】おおひと‐おんせん【大仁温泉】おや‐じ【親父・親仁・親爺】くに‐きょう【恭仁京】くに‐の‐みやこ【恭仁京】しもにた【下仁田】しゃ‐じん【砂仁】じん‐じゅつ【仁恤】にった‐ただつね【仁田忠常】ふじ‐み【不死身・不仁身】まくり【海人草・海仁草】まぶに【摩文仁】めじな【目仁奈・眼仁奈】

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