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なにわ【難波・浪速・浪花】ナニハ🔗⭐🔉
なにわ【難波・浪速・浪花】ナニハ
(一説に「魚な庭にわ」の意という)大阪市およびその付近の古称。
⇒なにわ‐え【難波江】
⇒なにわ‐おどり【浪花踊】
⇒なにわ‐がた【難波潟】
⇒なにわ‐ぐさ【難波草】
⇒なにわ‐じょうるり【難波浄瑠璃】
⇒なにわ‐すががさ【難波菅笠】
⇒なにわ‐づ【難波津】
⇒なにわ‐でら【難波寺】
⇒なにわ‐と【難波門】
⇒なにわ‐の‐ながらのとよさき‐の‐みや【難波長柄豊碕宮】
⇒なにわ‐の‐ほりえ【難波の堀江】
⇒なにわ‐の‐みや【難波宮】
⇒なにわ‐ばし【難波橋】
⇒なにわ‐ぶし【浪花節】
⇒なにわぶし‐しばい【浪花節芝居】
⇒なにわぶし‐てき【浪花節的】
⇒なにわ‐やき【難波焼】
⇒難波の葦は伊勢の浜荻
なにわ‐え【難波江】ナニハ‥🔗⭐🔉
なにわ‐え【難波江】ナニハ‥
大阪市付近の海面の古称。難波潟。
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なにわ‐がた【難波潟】ナニハ‥🔗⭐🔉
なにわ‐がた【難波潟】ナニハ‥
(→)難波江に同じ。万葉集2「―潮干ありそね」
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なにわ‐ぐさ【難波草】ナニハ‥🔗⭐🔉
なにわ‐ぐさ【難波草】ナニハ‥
(「難波の葦あしは伊勢の浜荻」のたとえから)葦の異称。日葡辞書「ナニワグサ…即ち、アシ」
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なにわ‐じょうるり【難波浄瑠璃】ナニハジヤウ‥🔗⭐🔉
なにわ‐じょうるり【難波浄瑠璃】ナニハジヤウ‥
大坂地方に起こって流行した浄瑠璃節。井上播磨掾はりまのじょうの起こした播磨節をはじめ、文弥節などがあり、竹本義太夫の始めた義太夫節に至って最も盛んに行われた。→江戸浄瑠璃→京浄瑠璃。
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なにわ‐すががさ【難波菅笠】ナニハ‥🔗⭐🔉
なにわ‐すががさ【難波菅笠】ナニハ‥
難波産のスゲで作った笠。
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なにわ‐づ【難波津】ナニハ‥🔗⭐🔉
なにわ‐づ【難波津】ナニハ‥
①難波江の要津。古代には、今の大阪城付近まで海が入りこんでいたので、各所に船瀬ふなせを造り、瀬戸内海へ出る港としていた。
②古今集仮名序に手習の初めに学ぶとある歌。すなわち「難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花」をいう。王仁わにの作という伝説があり、奈良時代にすでに手習に用いられていた。
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なにわ‐でら【難波寺】ナニハ‥🔗⭐🔉
なにわ‐でら【難波寺】ナニハ‥
大阪の四天王寺の別称。
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なにわ‐と【難波門】ナニハ‥🔗⭐🔉
なにわ‐と【難波門】ナニハ‥
難波の港。万葉集20「―を漕ぎ出て見れば」
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
○難波の葦は伊勢の浜荻なにわのあしはいせのはまおぎ
同じ物でも、所によって呼び名が違うことのたとえ。
玖波集「草の名も所によりて変るなり―」
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】

○難波の葦は伊勢の浜荻なにわのあしはいせのはまおぎ🔗⭐🔉
○難波の葦は伊勢の浜荻なにわのあしはいせのはまおぎ
同じ物でも、所によって呼び名が違うことのたとえ。
玖波集「草の名も所によりて変るなり―」
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なにわ‐の‐ながらのとよさき‐の‐みや【難波長柄豊碕宮】ナニハ‥
孝徳天皇の造営した難波宮の正称。第二次大戦後の発掘で、大極殿跡その他を発見。
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なにわ‐の‐ほりえ【難波の堀江】ナニハ‥
仁徳天皇が水害を防ぐために、高津たかつ宮の北に掘ったという運河。
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なにわ‐の‐みや【難波宮】ナニハ‥
古代、大阪市中央区法円坂の一帯にあった皇居の総称。
①孝徳天皇の645年(大化1)より造営。天武天皇の陪都としても使用。686年(朱鳥1)焼失。→難波長柄豊碕宮。
②聖武天皇の皇居の一つ。
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なにわ‐ばし【難波橋】ナニハ‥
大阪市の土佐堀川・中之島・堂島川に架かる橋。中央区北浜二丁目と北区西天満一丁目とを結ぶ。
難波橋
撮影:的場 啓
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なにわ‐ぶし【浪花節】ナニハ‥
多く軍書・講釈・物語・演劇・文芸作品を材料とし、三味線の伴奏で独演する語り物。もと説経祭文せっきょうさいもんから転化したもので、初めは、うかれ節・ちょぼくれ・ちょんがれ節などと呼ばれた。江戸末期に大坂から始まり、浪花伊助を祖と伝えるが、盛んになったのは明治以後で、桃中軒雲右衛門の功が大きい。浪曲。幸田露伴、いさなとり「田舎に住むで聞く者は下手な―ばかり」
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なにわぶし‐しばい【浪花節芝居】ナニハ‥ヰ
浪花節の節に合わせて演ずる演劇。1897年(明治30)市川小円次が高松で始めたという。大正年間、全国で流行。節劇ふしげき。身振り浪花節。
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なにわぶし‐てき【浪花節的】ナニハ‥
言動や考え方が義理人情に重きを置き、古風で通俗的なさま。「―な行動」
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なにわみやげ【難波土産】ナニハ‥
浄瑠璃の注釈書。三木貞成著。5巻。1738年(元文3)刊。発端に穂積以貫の聞書によるとされる近松門左衛門の芸論(「虚実皮膜論」)があり貴重。
→文献資料[難波土産]
なにわ‐やき【難波焼】ナニハ‥
江戸前期、承応(1652〜1655)の頃から大阪市中央区高津こうづの近辺で焼かれた陶器。高津焼。
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なに‐を【何を】
〔感〕
相手に腹を立てて問い返したり反発したりして言う語。「―、ふざけるな」
なに‐を‐か【何をか】
(多く下を「…んや」で結んで反語・疑問の意を表す)何を…か。「―言わんや」


なにわ‐の‐ながらのとよさき‐の‐みや【難波長柄豊碕宮】ナニハ‥🔗⭐🔉
なにわ‐の‐ながらのとよさき‐の‐みや【難波長柄豊碕宮】ナニハ‥
孝徳天皇の造営した難波宮の正称。第二次大戦後の発掘で、大極殿跡その他を発見。
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なにわ‐の‐ほりえ【難波の堀江】ナニハ‥🔗⭐🔉
なにわ‐の‐ほりえ【難波の堀江】ナニハ‥
仁徳天皇が水害を防ぐために、高津たかつ宮の北に掘ったという運河。
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なにわ‐の‐みや【難波宮】ナニハ‥🔗⭐🔉
なにわ‐の‐みや【難波宮】ナニハ‥
古代、大阪市中央区法円坂の一帯にあった皇居の総称。
①孝徳天皇の645年(大化1)より造営。天武天皇の陪都としても使用。686年(朱鳥1)焼失。→難波長柄豊碕宮。
②聖武天皇の皇居の一つ。
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なにわ‐ばし【難波橋】ナニハ‥🔗⭐🔉
なにわ‐ばし【難波橋】ナニハ‥
大阪市の土佐堀川・中之島・堂島川に架かる橋。中央区北浜二丁目と北区西天満一丁目とを結ぶ。
難波橋
撮影:的場 啓
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】

なにわみやげ【難波土産】ナニハ‥🔗⭐🔉
なにわみやげ【難波土産】ナニハ‥
浄瑠璃の注釈書。三木貞成著。5巻。1738年(元文3)刊。発端に穂積以貫の聞書によるとされる近松門左衛門の芸論(「虚実皮膜論」)があり貴重。
→文献資料[難波土産]
なにわ‐やき【難波焼】ナニハ‥🔗⭐🔉
なにわ‐やき【難波焼】ナニハ‥
江戸前期、承応(1652〜1655)の頃から大阪市中央区高津こうづの近辺で焼かれた陶器。高津焼。
⇒なにわ【難波・浪速・浪花】
なんば【難波】🔗⭐🔉
なんば【難波】
大阪市中央区道頓堀以南、浪速区の北部にわたる一帯の汎称。私鉄・地下鉄の難波駅がある。
難波
撮影:的場 啓
⇒なんば‐に【難波煮】

なんば‐に【難波煮】🔗⭐🔉
なんば‐に【難波煮】
魚・野菜などをぶつ切りのネギとともに、出し汁・酒・醤油・味醂みりんなどで煮た料理。
⇒なんば【難波】
広辞苑に「難波」で始まるの検索結果 1-18。